2015-12-21

晩活は晩酌で

3-4.png
                                                   PDF

                                               H27・11・21


                    晩活は晩酌で

神や仏を信じない人のことを「無神論者」といいますが、果たして本当に「無神論者」と虚勢を張り通せる人がいるのでしょうか?いくら人間が意気がった万能主義を唱えたとしても、所詮は「六根世界観」(眼耳鼻舌身意)で捉えられた畳半畳の現実世界の認知が精々で、後は全て半知半解の「記憶」に基づく「推認」が人類を衝き動かしているのであって、この真実は、私達の言動の99.99%は「信仰」に依拠しているということなのです。
誰一人として「朝が来ない!」と思っている人はいないのです。
何をか況や!要は人生劇場の華舞台は「晩活は晩酌で」極楽往生ということなので、それをありのままに実行すれば良いのです。全ての生命は早晩「死」を迎えます。
その死後が地獄なのか極楽なのか?誰でも極楽に行きたいものです。
ところが世間では「終活」という言葉が流行っています。
「終活」とは「人生の終わりのための活動」の略であり、人間が人生の最期を迎えるにあたって行うべきことを総括したことを意味する言葉です。
主な事柄としては生前のうちに自身のための葬儀や墓などの準備や、残された者に迷惑がかからぬよう生前整理、残された者が自身の財産の相続を円滑に進められるための計画を立てておくことなどが挙げられます。
さて、この「終活」に、「人生の有終の美」極楽往生があるのでしょうか?という疑問です。はっきり言って、「終活」には、「人生の有終の美」極楽往生はありません。「終活」の愚かさは、「人間の鬼籍」が「お墓」という「牢獄⇒地獄」に直結しているからです。「お墓」というのは「地獄」に直結した「牢獄」なのです。どんなに立派な「お墓」を建てても、所詮は、ゲジゲジと同居するカロートであり、それはオメラスのしっぺ返しでしかありません。
 「オメラス」 http://omeras.soq.jp をご一見下さい。
古来より、世界中の宗教哲学では「輪廻転生」が説かれ、信じられています。これは全ての科学の源流である「因果論」「因果律」「因果応報」の「因縁生起説」を根拠としているものです。そうです!私達の人生は、生みの親である「両親」を因縁として生起し、今生きているのです。その「両親」が歳をとって「生老病死」の因果の果てに「土葬」名残りの「お墓」に自ら入ろうとしているのです。姥捨て山に自ら向かう老婆の姿です。「終活」の主な活動が鬼籍に入る準備、即ち「葬式」=「お墓」事情に集約されている様は、「人生の有終の美」極楽往生とは、ほど遠く、全く無縁なことです。
人生の根本哲学は人生は涅槃の道の一里塚 老い老い楽し死もて極楽(聖 四門)です。
晩酌は百薬の長!地獄行きの「終活」は即やめて、晩活は晩酌で極楽に行きましょう


                                                   PDF

                 人類愛の合言葉

                愛する人に三宝の幸せを

            日本義塾 主宰 新村紘宇二

                    
nectar-soma.com
スポンサーサイト