FC2ブログ

--------

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2011-01-03

天女降臨(3)

母性本能は蘇摩天女の慈悲なり
母性愛は人類を救う天女の愛なり


何故『母親』は、己が命を削る『異端』そのものの『胎児』を愛するのでしょう。
それは『天の川 水神・蘇摩天女』様が、太陽系銀河の『父性』に対し『母性』だからです。
天体に『父性』や『母性』を描くのは、それは絵であって絵空事に過ぎません。
然し、その絵空事は、宇宙の『神秘』『神霊』『神妙』を信じ仰ぐ者にとっては『神妙力』となり、かかる天体に疎通冥合して実現となるのです。
『母親』にとって『胎児』は絶対に我が子です。
『母親』の不思議は『胎児』に対する無限な愛で、その『胎児』が強姦した男のものであっても、敵たる男のものであっても、何故か『母親』となる『母性』はそれを許して、『大慈大悲』の『心情真心』を注いでしまうのです。
况んや母体の命を削るやも知れぬのにです。
他方、男は惨めな者です。
どんなに愛し信じている女性でも、目合まぐわいなしに懐妊した『胎児』を我が子と信じる事は絶対にできないし、その『胎児』に『愛情』を注ぐことはできません。
男性にとって『胎児』は絶対的な『愛情』を注げる存在ではなく、単に女性が誰かと目合った証で、その誰かを知っているのは女性だけで、男性の知るところではないのです。
ただ信じるのみなのです。
それが女性と男性の生理や生体の違いであって、脳裏や本能の違いでもあるのです。
ですから、本能的に男性は、『子』に絶対的な『愛情』を注げず、相対的な『愛情』しか注げないのです。
この事は、男性の『愛情』の希薄さを意味しており、凡そ男が宣う『愛の告白』は『相対的』で『絶対的』ではないのです。
私(聖 四門)を含めて、『父親』が『子』に注ぐ『愛情』は極めていい加減で、すべからく相対的です。
『父親』の『子』に対する相対的な『愛情』だけでは『子』は歪いびつに育ってしまいます。
『子』にとって最も大切なことは『母親』の無条件且つ絶対的な『愛情』です。
所が、『人外/にんがい(人でなし)百年の今の世は、女性が権力化し、「女権拡張」と相まって、本来の『絶対愛』という『女性本能』が失われ『男まさり』に変化して、『子』に対する『愛情』も相対化してしまったのです。
今や、親の背中を見て育つ、『親』の背中は、父母共に『世間体』という狂気と欲望の芥にまみれ、鑑の体を為さず、『親』としての尊厳を失い、家庭内暴力、校内暴力、『傍若無人』の温床となって、車内で席を譲らないバカガキを育ててしまったのです。
今をして全女性達が『母性本能』に回帰し、『子離れ』強いては『親離れ』の『真の愛情』に目覚め、『子ら』と真っ当に向き合えば、自ずと『子ら』も『自我』を彷彿し、自律するのです。
『母性本能』の回帰こそが、『子ら』に未来を渡す『親ら』の唯一の『浮輪の糸心友の伝』()なのです。
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

乞食坊主

Author:乞食坊主
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。